| 日立造船舞鶴工場の赤れんが建築で注目に値するのは、鉄骨れんが造が多い点です。全部で18党もあります。24棟の内、ちょうど4分の3が鉄骨れんが造というのは、明かに当時の海軍技術の先進性のあらわれです。しかも、わが国では1887年(明治20)以降ほとんど実践されることのなかったフランス積を採用しているのです。フランス積は、その上、構造的にはイギリス積に比べると欠陥が生じやすいのです。ですから明治後半には建築家もれんが積職人も、フランス積に関しては知識だけは持っていましたが、実務としては専らイギリス積ばかりを実践していたのです。
ところが積み上げられたれんがの壁を見比べると、フランス積はイギリス積よりも変化に富み華やか意匠を見せます。建築の強度は鉄骨に任せておいて、れんがの壁で洒落たデザインをするという、海軍の科学性と粋な一面が、日立造船の鉄骨れんが造フランス積には窺い知れると思います。この当時の海軍の方針は全国的なものだったようで、同じく明治30年代に整備された横須賀海軍工廠でも鉄骨れんが造大規模な工事が建設されました。
次は上水道の施設です。かつての海軍鎮守府跡地である海上自衛隊舞鶴地方総監部の東側に位置する小高い丘に現在は市民プールがあります。この場所は元来、水に緑のあるところで、1901年(明治34)北吸浄水場の配水池がつくられ、この時から給水を始めました。水源の方は、この前年に与保呂(北吸の南東に位置する養老山の麓)に桂貯水池がつくられています。貯水池の施設には石組に一部れんがを併用した遺構があり、北吸に配水場は完全なれんが造で建設されました。
北吸隧道(トンネル)は、市役所から南東方向へ400m余の位置にあります。かつての鉄道道路でしたが、今は鉄軌道が廃止され、自転車・歩行者専用道路として整備されています。この隧道は1904年(明治37)に完成しました。
以上が市役所の周辺に現存し、多くの人々に触れることのできる代表的な舞鶴の赤れんがです。これらのほかに、れんが窯、神社、砲台、寺院、鉄道トンネル、商店の倉庫、消防団の倉庫、学校の門、煙突、橋などが30物件ほどあります。地域的にも舞鶴市内全体に広がりを見せています。
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